マオリは土方から伝えられた建物を確認すると物陰に身を潜めた。

標的はその建物の中にいる。
近江屋、と看板の文字が見える。
 
紅色の着物を取り出して羽織り、
うまく刀が見えなくなるように差しなおした。
 
そうして通りに出て、まっすぐ近江屋へ向かった。
寒さに逆らうかのように、マオリの体の芯が熱くなるのがわかる。

「おしまいやす。十津川の使いでまいりました。」
 
マオリは土方に言われたとおりに名乗り、
近江屋の木戸が開くのを待った。
 
マオリにとって村の言葉以外はすべて同じだった。
土方たちと同じ江戸言葉を話すのも、
おかみが話す京言葉も、自分の言葉ではないという点ですべて同じだった。
 
乾いた木が動く音がして、木戸が細くあいた。
太った大柄な男がのぞく。

「さぶいどすなあ。」
 
マオリは笑顔を作って太った男に声をかけた。
男はじろりとマオリの姿を見た。

肩の雪を払うマオリの姿は町娘そのもので、
夜半に提灯も持たずに訪れた不審なところに気づかなければ、
まず刺客だとはわからないであろう。

「ほんまやなあ、こんな中よう来てくれはったわ。
 早うは入りよし。」
 
太った男は鼻を赤くしたマオリを、かんぬきを抜いて中に招き入れた。