「なぁ、杉野。
 そういうのをさ、一般的には"ヒモ"って言うんだぜ」


オブラートに包むという表現を教えたくなるようなセリフを吐いたのは、同僚・岡野正志だ。
私はデザイン会社でディレクター兼デザイナーとして働いている。クライアントと喧々諤々、予算と工数の腹の探りあいのような打ち合わせをこなし、自らデザインも起こしす。業界的に徹夜・残業は当たり前。過酷な現場だが、やりがいはとてもある。

今をときめくIT業界で活躍するキャリアウーマンだ。

やり手だった社長が独立して起こしたデザイン事務所に、デザイン学校を出たばかりの右も左も判らないひよっこの私をやる気だけで採用してくれた。男勝りな性格もあってがむしゃらに仕事をしてきた結果、今や中堅クラスまではキャリアを積んだんじゃなかろうか?一流代理店への転職も考えたが、やはり今のフットワークが軽い事務所のほうが性に合っていると思い、続いている。なにより今の職場にとても愛着がある。

さきほどの小憎たらしい台詞を吐いた岡野は、私より3つ年上だが、この業界では私のほうが先輩である。以前はどこかのメーカーの営業マンをしていたそうだが、「本当にやりたい事がみつかった」とうちの会社の門を叩いてきた。

数年前、やる気だけで私を雇った時と同じ意気込みで採用に至った。幸い一応センスはそれなりにあったようで、社長仕込のデザインのイロハを今度は私が彼に教えている。

人生においては先輩だが、職場においては完全に私の後輩である。