あれはいつの頃だっただろう。
 まだ私が小学生だった頃、ずっとねだっていた携帯電話を母からプレゼントされた時のことだった。
 ピンク色のお子ちゃま携帯、それでも私は嬉しかった。
 私の両親は共稼ぎだ。
 私が生まれた頃に小さな中古住宅を買い、そのローンの返済のために働いていた。だから一人で夕食を取ることもあった。
 寂しくない、といえば嘘になるかもしれない。それほど多くはなかったが友達もいた。デモ友達は夜まで一緒にいてくれはしない。特に冬は夜が早い。
 だから私は冬が嫌いだった。
 周りが暗くなり、蛍光灯の光で照らされた部屋に一人で居ると狭い部屋も広く感じられたものだ。
 あの夜のことは何故か今もハッキリと覚えている。
 一人の夕食を取り、友達とのメールのやりとりも終わって私はベッドの中に入っていた。
 時間は夜の九時、いつもの眠る時間だ。
 けれどもその夜は何故か眠れなかった。眠ろうとしても目が冴えてしまうのだ。
 こんな事は今まで無かった。
 私は寝付きが良い方だった。ベッドに入ればすぐに眠ってしまうのだった。
 私は無理に眠るのを諦めて枕元の携帯電話を手にした。適当にダイヤルしては通話ボタンを押してスピーカー部分を耳に当てて遊びはじめた。返ってくるのは番号がないというアナウンスばかりだった。
 ところが、何回目かのダイヤルの後に呼び出し音が返ってきた。
 私は驚いてその電話を切ろうとした。
 切ろうとしたのだけれども、どうしてもそれが出来なかった。まるで電話機が私の耳に吸い付いている様に離れなかった。
 一回、二回、三回、呼び出し音が続いていく。そして四回目の呼び出し音が鳴り終わった時、電話機の向こう側から応答があった。
「もしもし?」
 それは悲しげな女の人の声だった。