弥生(3月)の月になっても、俺と友衣さんの心は通じ合うことはなかった。


廊下ですれ違っても、まるで他人のように目も合わさずに通りすぎていく。


俺はただ、彼女の髪の隙間から見える「ぴあす」の煌めきを見るしかなかった。


それについて教えてくれた日のことを思い出しながら。


「友衣さん、それは何ですか?」


「これはピアスです。って言ってもマグネットですけど」


何やら聞きなれない単語が並んでいる。


「お洒落のための装飾品です。私の時代にいる時に、これを付けながら左近様のことを考えていました」


「え?」


「もし左近様に会えたらちょっとでも可愛いな、なんて思ってもらえるかなあ、なんて…」


その時はまさか本当にまた会えるなんて思っていなかったですけど、と照れながら付け足す彼女の笑みが今では遠い幻のように感じる。


ばれんたの日に結ばれた時のように、その煌めきを外して無防備になった耳に、愛を囁くことももう出来ない。


もはや俺は、ただの抜け殻だった。


すべてが分からない。


武士たる者、こんなに女のことばかり考えて心を虚ろにしてはいけない。


だが、気持ちは正直だった。


飯を食べていても、幸村と話をしていても、冷たい褥でひとり眠りに落ちても、考えるのは彼女のことばかり。


幸村に藤吾のことを話しても良かったが、その相手である友衣さんはどんな風に思われるか考えると、言えなかった。


こんな時、殿がいたら何と言うのだろう。


いつまでも過去の女を引きずるな、と言うのか。


友衣にはきっとあいつなりの理由があるのだからちゃんと話をしてみろ、と言うのか。


殿や平助、そして友衣さん。


佐和山城にいた頃にいた頃に俺と共にいた人々は、今は誰ひとりとしてここにいない。


「…」


愛する女を略奪され、喪失(うしな)った空っぽの俺は、今や何を言うつもりなのか。


気付けば足は、藤吾が使っている部屋に向かっていた。