「左近殿」


その澄ました顔を見た瞬間、俺は頭に血が上り、彼につかみかかっていた。


「返せ。笑顔の友衣さんを返せ!あんたが関わってから、彼女は悲しい顔ばかりしてる」


「ふっ。あなただって聞いたでしょう?彼女は僕を愛しているんですよ」


藤吾はそんな俺を嘲笑うように言う。


「違う」


ー「私は左近様じゃない、藤吾さんが好きなんです」ー


そう告げた時の友衣さんのつらそうな顔が頭に焼き付いている。


「友衣さんは無理をしているんだ」


「それはあなたの勝手な思い込みでしょう?」


「俺は彼女を理解しているつもりだ」


少なくとも、お前みたいな奴よりは。


「独りよがりにしか聞こえませんよ」


いくら言葉をぶつけても、のらりくらりとかわされる上に否定ばかりされて、俺はだんだんいら立ってきた。


「だったら、あんたは友衣さんの何を知っている?」


「これから知っていくつもりですよ」


人形のように表情ひとつ変えず、いや、むしろ優越感を湛えた微笑すら浮かべて平然と答える藤吾。


「彼女の喜ぶものや好きなものはもちろん、今はまだあなたしか知らないであろう彼女の夜の顔まで、ね」


「…貴様!彼女を汚したら許さない!!」


一瞬で怒りと苛々が爆発し、激昂した俺は頭が真っ白になり、拳を藤吾めがけて振り下ろす。


しかし、それは空気を虚しく裂いただけであった。


なぜか彼女の泣き顔が頭の中にちらついたのだ。


(友衣、さん…)


そんなことなど知る由もない藤吾は、蔑むような笑みを浮かべて言った。


「左近殿。あなたはもはや彼女を幸せになど出来はしない。だから…」


「?」


「友衣は僕がもらう」


「な…!」


再び、頭を殴られた気がした。


それからどんな会話をしたか記憶にない。


ただひとつ言えるのは、ハッとした時にはすでに藤吾の姿は目の前から消えていたということだけだ。


悔しい。


本当にあいつは友衣さんの全てを狙っている。


「もう、元には戻れないのか?」


まだ殿がいた頃。


佐和山城での彼女との思い出が次々に思い出される。


無邪気に戯れていたあの時の俺達のようになることを、もう望んではならないのだろうか。


もし友衣さんが本気でそう願っているなら考えてしまう。


だが俺は…。


「やっぱり、離れたくない」


未練たらしいって彼女に怒られるかもしれない。


しかし、このまま別れるなんて納得出来るわけがなかった。


俺に冷たい言葉をかける度に悲しげになる顔の意味を知るまでは。


友衣さん。


あともう少しだけでいい。


もう少しだけ、あんたを愛させて下さい…。