そして訓練と夕餉を終えたその夜。


私は話をするために左近様の部屋へ行くべく、廊下を単身で歩いていた。


なるべく静かに歩いているのだけど、足音がトントントンと立ってしまう。


まるで胸の鼓動を表しているかのようだ。


もしかしたら受け入れ難い事実を突きつけられてしまうかもしれないという不安。


りつさんとの間には実は何もなかったという話であってほしいという期待。


複雑な感情が足と心拍を早めさせる。


「?」


左近様の部屋の近くまで来た時、部屋の前に人影が立っているのが見えた。


そっと近くの壁の裏から顔だけ半分出して様子を伺う。


(あれは…)


左近様と桜さんだ。


一体何だろう。


必死そうな顔で桜さんが何か言っているようだ。


そして左近様は少し難しい顔をしている。


単なる報告ではなさそうだ。


まさか桜さんったらおとなしそうな顔して、左近様にちょっかい出しているのかな。


のんびり雑談しているわけでもなさそうだし、助けに行こう。


そう思って足を踏み出したその時だった。


(え?)


いきなり桜さんが、左近様の胸に飛び込むように抱きついたのだ。


左近様は、拒否しない。


そしてスッと細い両肩に手をかけた。


もう見ていられずその瞬間、目を背ける。


(なんで?)


ふいに、あの朝見たりつさんの優越感に溢れた微笑みが頭をよぎった。


(左近様(あのひと)はりつさんだけでなく桜さんまで受け入れたっていうの…?!)


私の理解の範囲をとっくに越えていた。


頭の中は、まるで嵐が通り抜けて何もかも吹き飛んでしまったかのごとく真っ白だ。


(私…三股かけられたってこと?!)


足の力がフワッと抜けて頽(くずお)れそうになるが、近くの壁に手をついて何とか耐える。


「ひどい…!」


ショックと、信じられないという気持ちと、怒りで全身がぶるぶる震え出す。


もう、いい。


明日問い詰めよう。


私は気付かれないように踵を返し、静かにその場を去った。


どうしてなの?


侍女達の部屋に戻って布団に潜り込んでも、その思いだけが一晩中、空っぽの胸の中をぐるぐると宛てもなく虚しく巡っていた。