記憶の片隅に今も残るその男は、常に酒に溺れていた。
ろくに働くこともせず、母が稼いできたなけなしの金を給料袋ごと母の手からふんだくってはパチンコや競馬、麻雀などといったくだらないギャンブルに注ぎ込んで、その上何の前触れもなく突然母や私に手を上げた。
大嫌いだった。
早く死ねばいいのにと、昔気質な角刈りと白い襦袢の広い背を、居間の外から睨み付けながらそう思ったのも一度や二度のことではない。
男が根城にしていた居間には、物心が付く頃には足を踏み入れなくなった。
だから私が覚えているのは、昭和のにおいがぷんぷんするあの後ろ姿くらいのものだ。

男は、母が居る時は決まって母を標的にしたが、不在の時には代わりに私に手を出した。
初めて殴られたのは小学校の高学年になった頃で、煙草が切れたから買ってこい、という高圧的な物言いに、なんで私が、とつい言い返してしまったのがきっかけだった。
いきなり掌が飛んできて、頬を張られたかと思えば、そのまま殴る蹴るの暴行だ。

一一女はな、黙って男の言うことを聞いてりゃいいんだよ!

アルコールにやられた不快な声で喚きながら腹部を蹴り上げてくる男に、せめて一言言い返してやりたいと思うだけの負けん気は持ち合わせていたつもりだったが、しかし私は言い返すどころか悲鳴すら上げられなかった。
信じられないような衝撃と痛みで、既に意識が朦朧としていた。
逃げ出すことはおろか、指一本動かせない。
そんな状態の中、この視線だけで射殺せたらどんなにいいだろう、そう思いながらぼやける目で、覆い被さってくる影を睨み付けることだけが私にできる唯一の抵抗だった。
目を逸らしたら負けだと思った。
ぎりぎりと奥歯を噛み締めて、あらゆるところから襲ってくる激痛に耐えながらも、私は男を睨み続けた。

力の差は歴然としている。
だから今は黙って痛みを耐えるしかない。
でも、今に見てなさい。
大きくなったら、絶対に私がお母さんの分もこいつに復讐してやるんだから一一。

その後、幾度か暴力を受けたが、私はその野望だけを糧に生きた。
無論、実行してやるつもりだった。
一生を棒に振ってもいい、未来なんてなくていい。
この男を葬り去れるなら、刑務所でも死刑台でも、何処にだって自ら喜んで行ってやる。
それだけの覚悟はあったのだ。