「今までのことはわかりました。しかし、やはり思い出せません」


すまなそうに頭を下げている。


「まぁ、急ぐ必要はありません。ゆっくり思い出していけばいいと思いますよ」


母は先生をフォローするように言った。


「そうですね」


チクリ。


あれ?


胸が一瞬痛んだ。


先生…今、母を見て頬を染めなかった?


気のせいのわりには、やけにリアルに頭に残る。


「流星?」


母の声が私を思考の世界から現実に引き戻す。


「あ、なんでもない」


そう言って私は作り笑いを見せた。


落ち着きなさい、流星。


気のせいよ。


そう無理に思い込んでみる。


まだ違和感はあったが、私は考えるのをやめるために先生と母とで世間話をした。


しばらく話していると先生がこんなことを言った。


「いやー、それにしても高橋首相になってからもう2年が経つのにまったく景気が良くなりませんよね」


「え!?」


私達のことは忘れてしまったけど首相のことは覚えている?!


私は数年前に読んだ小説を思い出す。


あの主人公も記憶喪失になった時、彼女の恋人の記憶だけを失っていた。


まさか。


私はおそるおそる聞いてみた。


「先生、あなたが覚えていないのって私と母だけですか?」