そう言って静かに涙を流す私を、母は困った顔で見ていた。


泣いたってどうにもならないことはわかっている。


だけど他にどうすればいいかわからなかった。


私を守ってくれた先生を守れなかったのが悔しくて、やりきれない気持ちでいっぱいだった。


「大丈夫、皐示さんなら」


ふいに母がぽつりと呟いた。


それはまるで蚊の鳴くような声だったが、悲しい沈黙を引き裂くのには十分だった。


「大丈夫よ。あの人は過去にどんなに苦しくてつらい思いをしてきても、ここまで生きてきた。逆境にも堂々と立ち向かう人だもの」


それを聞いて、私は母が先生の言っていた「過去」を知っているのかと思った。


「母さんは、先生の過去を知ってるの?」


「あの人は…」


母が言いかけた時だった。


パッと赤いランプが消えたと思うと1人の医師(せんせい)が出てきた。


「医師、私の夫は…?」


「頭を打っていますが、命に別状はないようです。しかし、いまだに意識が戻っていません」


「そんな!」


「今は安静にさせることが第一です」


それだけ言って彼は去ってしまった。


続いてガラガラという音と複数の医師と共に先生が運ばれてくる。


その顔色は青白くもなく、至って普通だった。


それで少しほっとしたが、先生が目を覚まさないからには不安は完全に消えたわけでもなく、複雑な気持ちで病室へついて行った。