とりあえず中へ通され、お茶を出してくれた。


「びっくりしたわ。流星、いつも連絡をくれてから来るじゃない?」


「う、うん…」


「まぁ、いいんだけど。それより昨日は本当にごめんなさい」


しおらしく謝る母。


「い、いや。私こそ。本題だけど母さんは先生がまだ好きなんだよね?なのにどうして私を怒らなかったの?どうしてあの街に来ていたの?」


疑問ばかりが口をついて出る。


「あの街には流星をびっくりさせようと、連絡もなしであなたのマンションに向かう途中だったの。あなたと皐示さんを見た時は、怒りより驚きの方が何倍も大きかったわ。だから混乱して、皐示さんにあんなこと…」


つらそうな表情の母。


「わたし、まだあの人への未練が残っているの。自分から別れを切り出したくせに情けないわよね」


虚ろな目で私を見る。


「ごめんね…」


私は謝った。


そんな私を母は困った顔で見ていた。


絡み合う私と母と先生の愛の螺旋。


それは悲しい気持ちを生み出し、私達をがんじがらめにする。


「…さい」


ふいに母が言った。


「え?」


「幸せになりなさい、皐示さんと」


「何を言って…」


「皐示さんを支えていけるのはわたしなんかじゃない。流星、あなたよ」


「でも」


「わたしはあの人に迷惑も色々かけたし、悲しい思いもさせた。でも昨日、皐示さんはあなたといてすごく楽しそうだったわ」


「母さん」


「わたしのことはいいから」


「それでいいの?」


「あなたは若いんだから。遠慮しないで愛に生きなさい」


「…ありがとう」


私がそう言うと、母はにこりと微笑む。


それはまるで束縛か何かから解き放たれたような表情だった。


そしてしばらくして私は実家を後にした。


母の言葉に感謝しながら。


彼女は自分の幸せより娘の幸せを考えてくれたんだ。


私には見えていなかった。


浮かれていたから気付いていなかった。


この先に口を開けて私達を待ち受ける黒い闇の存在に…。