-自宅-


帰宅してからかれこれ2時間は経つ。


しかし、頭の中にはこの2時間、母のことしかない。


私は母を裏切った。


きっと母も今頃、私を恨んでいるのかもしれない。


母が先生の手を叩くシーンが今でも鮮明によみがえってくる。


それは、映像を見ているなんて生易しいものじゃない。


あの時にワープしちゃったとしか思えないほどだ。


私はテーブルの上にあるケータイを見た。


母と話してすっきりしたい。


そして何もなかったかのようにしたい。


だけど…。


1つの考えが私の邪魔をする。


私を恨んでいたらどうしよう。


不安が襲う。


母の気持ちは1年前の春休みの帰省の時、打ち明けられている。


「仲がいいのなんて最初だけね。わたし、やっぱり性格がダメなのかしら。何事も続かないの。健一郎さんの時も、皐示さんの時も…」


そう言った時の母の切なげな顔。


離婚したものの、本当は先生を愛しているんだ。


それが私の胸を締め付ける。


なんてことをしてしまったのだろう。


「本当にごめんなさいね」


そして私達の横をすり抜ける母のつらそうな顔。


「母さん…」


私までつらくてどうすればいいかわからなくなり、涙をこぼした。


鳴ることもなく沈黙を保っているケータイを胸にして。