それに加えてその言い方だ。


母はもともと穏やかな性格の持ち主である。


私が何か失敗をしても、「あらあら」と笑って済ませてしまうような人だ。


そんな母がこんなことを言うなんて。


先生は叩かれた右手を左手で押さえている。


彼の表情からして、叩かれた痛みより叩かれたことのショックの方が大きいようだった。


「ごめんなさい、2人とも。わたし、恋愛に目がくらみすぎておかしくなってしまったみたい」


そう言う口元は笑っていたのに、目は虚ろだった。


「睡蓮さん、あなたは」


「本当にごめんなさいね」


先生の言葉を遮り、母は私達の間をすり抜けていってしまった。


私の中に残ったのは疑問符ばかり。


なぜ母がこの町に来ていたの?


なぜ母の気持ちを知っていながら先生と付き合っていた私を責めなかったの?


母がこの場からいなくなってしまった今となってはわからない。


「睡蓮さん…」


切なげな先生の声。


「…」


私は何も言えなかった。


-“母を裏切った”


そんな言葉が脳裡をかすめ、心にズシッとのしかかる。


「水橋、そろそろ解散しないか?なんか気分が乗らなくて」


そう言う先生の表情は暗い。


「…そうですね」


私達は気まずい別れをした。