「先生、やっぱり母のこと…」


「頼むから!もうあの人のことを忘れさせてくれ!じゃないと俺は」


その続きは彼の涙が邪魔して途切れてしまった。


「…私じゃダメですか?」


「え?」


「私じゃ先生の心の支えにはなれませんか?」


「水橋、何言っているんだ?」


本当だね。


私、何を言っているんだろう。


フラれたのに。


どこまで身の程知らずなの?


きっと、離婚したという話を聞いた時に聞こえた音は、私の心を束縛していた何かだったのだろう。


「私、先生を忘れたことなんて1度もありませんでした。寝ても覚めても先生のことしか頭にありませんでした」


「…」


「高校3年生になる春休み、いとこのところで暮らすって言い出したのも、先生を忘れるためなんです」


「…」


先生は戸惑ったような顔をする。


「わかっています。私は一度、あなたにフラれました。でももう止められないんです。だから私を愛していなくても…母の代わりで構いませんから…。それに…つらいんです。苦しむ先生の姿を見るのは…」


涙が邪魔で途切れ途切れになってしまう私の心の叫び。


「水橋…」


「つらくて、悲しくて、苦しくて…私は…」


「こんな俺でいいのか?嫌な目…いや、危険な目にあうかもしれないんだぞ」


「それでもいいです。私は先生が隣にいてくれるなら何もいりませんから」


それは本心だった。


「…わかった」


先生はぎこちなく手を差し出した。


私はそれを握る。


優しい温もりが伝わってきた。


この瞬間から、過去に苦悩する男と複雑な想いを抱える女の不器用な関係が始まったのだった。