「あの、先生」


先生は初めて私の存在に気付いたらしく、はっとした顔でこちらを見た。


「ああ…」


先生はそう言うのが精一杯のようだ。


「突然押しかけてきてこんなこと聞きますけど許して下さい。母と離婚したんですよね?1ヶ月前に」


「…そうだ」


そう言う先生の顔はとてもつらそうだ。


目を伏せ、唇を噛みしめている。


いかに先生が母を愛していたか、わかるような気がした。


「ところで、お前は何をしに来たんだ?睡蓮さんの言葉でも疑って俺に聞きにきたのか?」


強気な口調で聞いてくる。


あれ?


そういえば私は青山先生になぜ会いに来たんだろう。


母の「離婚した」という事実を確かめに来たわけではない。


まったく疑っていなかったから。


それじゃ、どうして?


自分でもわからなかった。


代わりにこんな言葉が私の口をついて出た。


「先生、そんなに強気な態度ですけど悲しくないんですか?」


「な…にを?」


先生の表情が若干揺らいだように見えた。


静かな水面に小さな石を投げた時、波紋が広がるように。


「母と別れて悲しくないんですか?」


「別に」


彼はそっけなく言い、私に背を向けた。


しかし、その広い肩は小刻みに震えている。


「先生、やっぱり…」


「だから違うって」


先生は頑なに否定するが、私はどうしても信じられなかった。


「そんな、違いませ…」


「もう嫌なんだよ!」


「…!」


感情をむき出しにした先生を見るのは2回目だった。