「流星ちゃん?」


三七子ちゃんの声で現実に引き戻された時、私は職員室の前にたたずんで一歩も動いていなかった。


「どうしたの?」


三七子ちゃんは彼女の肩まであるかないかくらいの短い髪を揺らすほど、足をせわしなく動かしながら聞いてくる。


運動でもやりたくてウズウズしているのだろうか。


…なんてことは言えないけど。


なんでもないような顔をして、私はあくまでも冷静に対応する。


「いや、なんでもない」


「そう?」


そう言った彼女の青縁メガネの奥の大きな黒い瞳が一瞬、キラリと光ったように見えた。


まるでライオンが獲物を見つけた時のような。


三七子ちゃんは今の学校で一番親しくしてくれている友達だが、彼女にだって言えない。


青山先生が好きになってしまっただなんて言ったら、いったいどんな顔をするだろう。


応援してくれるだろうか。


それとも、引かれてしまうだろうか。


それを考えると言えなかった。


怖かった。


私はもともと臆病で、一か八かの一攫千金のチャンスより、利益が少なくても必ず手に入るものがあるチャンスを選ぶくらいなのだ。


そんな私がいつのまにか恋という、傷つくリスクの高い世界にダイビングしていた。


こんな性格では、青山先生に自分の存在をアピールすることなんて出来ない。


橋場先生はたまにいじっているが、それは彼とは去年からの付き合いで慣れているからこそ出来るのだ。


しかし、青山先生とは今年から関わり始めた。


いきなり馴れ馴れしくするのは気が引ける。