それからも先生に近づくチャンスはあった。


クラスマッチ(球技会)の時も、文化祭の時も、歩く会の時も。


だけど私はその機会をすべて無駄にした。


確かに先生への恋心は失っていないが、近づいていいのかわからなかった。


先生の悩む顔も母の困っている顔も見たくない。


そうして躊躇している間にも街は赤や黄色に染まり、ついには白が街を彩る季節も終わりかけていた…。


-3月-


「水橋、おめでとう」


教室に入ると紺色のスーツに身を固めた橋場先生が「おはよう」の代わりにこんなセリフを放ち、微笑む。


「ありがとうございます」


私は第一志望校に無事に合格した。


そして晴れて今日、銀星高校を卒業する。


銀星高校は青山先生に出会った、思い出の場所。


彼とはなんだかんだ言って授業で会うことが出来ていたけれど、それももうないんだ。


私がこの恋を終わらせてあの家に帰らない限り、会えない。


「寂しいよ…」


私が思わず呟くと橋場先生が言った。


「おっ、そう言ってくれるか。俺も寂しいな」


「いえいえ、先生のことじゃないですよー」


「なんだー。最後まで冷たい奴だなぁ。ハハハ」


そう言う彼の顔は笑っている。


絶対、「寂しい」のは橋場先生のことじゃないって知っていて言ったな。


もちろん、橋場先生と別れて寂しくないと言ったら嘘になるが。


見た目はわりと真面目な感じなのに時々さらりと冗談を言い、親しげに接してくれたこの先生を私は青山先生とは違う意味で好いていた。


彼のおかげでちょっとだけ寂しさがまぎれたところで、私はまだ人の少ない教室を出て最後の校内探検に出かけた。