男女の機微なんて、まるで秋の空のようにわからないものだ。


ふとしたことで寄り添い、ふとしたことで離れる。


そうしてあたし達の恋もなんの前触れもなく変わっていくんだね。


まるで回り続ける万華鏡のように…。




ある放課後、あたしはやはりいつものように理科室へ出かけた。


しかし、今日ばかりは先客がいる。


「!?」


理科室から出てきた人影に気付き、あたしはとっさに柱の陰に隠れる。


去ってゆくセーラー服。


絹のようになびく髪。


すらりと伸びた手足。


後ろ姿でもわかる。


彼女はクラスのアイドルの倉島日夏詩(くらしま ひなた)さんだ。


どうして倉島さんが理科室に?


疑問を抱きつつ、あたしは静かに理科室のドアをノックした。


どうぞ、といういつもの返事を確認してから中に入る。


「先生」


いつも通り、にこやかに振る舞ってみる。


「おう」


先生はなんだかぎこちない笑顔だ。


「あ、イチョウ」


窓の外に秋の黄色い世界が広がっているのにふと気付いて、あたしは窓辺に駆け寄った。


先生も隣に来てイチョウを見ている。


「源氏」


「はい」


「…いや、なんでもない」


変な先生。


それから長い沈黙があった。


沈黙を先に破ったのは先生だった。


「そろそろ暗くなってきたから帰った方がいいぞ」


「…はい」


なんだか自作の詩を見ていた時と同じ嫌な予感がして。


倉島さんのことも、先生が言いかけたことがなんだったのかも、結局聞くことは出来なかった。


窓の外では闇に染められ始めたイチョウの葉が頼りなく揺れていただけだった。