「落ち着きました?」


気付くとわたし達は近所の公園のベンチに座っていた。


あ、そうか。


あの後、なぜか涙が出てきてしまって。


それで青山先生にここまで連れて来られたんだ、きっと。


「あっ、すみません。ご迷惑をおかけして…」


わたしは慌てて立ち上がり、頭を下げた。


「どうか頭をお上げ下さい」


青山先生の言葉にわたしは顔を上げた。


ダメだなぁ。


青山先生にはカッコ悪いところばかり見せてしまっている。


そんなわたしの思いなんてつゆ知らず、彼は言った。


「失礼ですがあなたは、名前は何とおっしゃるのですか?」


「えっ?」


驚きのあまり、わたしはまぬけな声を出してしまった。


「あ、すみません。今のはお気になさらないで下さい」


そう言う青山先生の照れたような表情が、わたしの胸の中をくすぐったような気がした。


「水橋睡蓮と申します」


「そうでしたか。素敵なお名前ですね」


「あ、ありがとうございます」


嬉しくて恥ずかしくてわたしはそれ以上は何も言えなくて、ただ沈黙の中にいた。


ざわっと風が木の葉を揺らす。


オレンジ色の木漏れ日に青山先生の端正な横顔が照らされ、わたしは息を飲む。


「大丈夫ですか?」


ふいに彼が言った。


「スーパーでお会いした時からずいぶん時間が経っていますが、お子さんが心配しているのでは」


「大丈夫です。今日は友達と遊んで帰りが遅くなるそうなので」


確か流星は「課外のない日曜日こそ遊び三昧する日だ」とか言って出かけたはず。


「そうですか」


彼は心から安心したような微笑をこぼす。


その笑顔にどぎまぎしたわたしは青山先生から目を逸らし、夕焼けを眺めた。


それはいつもの濡れたようなオレンジ色をしていた。


何も変わっていない。


具体的な日時は覚えていないが、前に1人で見た夕日もこんな感じだった。


だけど隣には今、青山先生がいる。


あの日と変わらない夕焼けの中でわたしだけが変わっていた。