その時、足音がした。


振り向くと、先生が夜の影のようにすらりと立っている。


「あたし、そろそろ行くね」


「ねえ三七子ちゃん。どうして私達がいる場所がわかったの?」


「近くで立て篭もり事件があって、解決したからここを通りかかったら銃声がしたの」


「そんな偶然があるなんて」


「ほんとほんと。最近連絡してなかったのにね。まあこうして会えたし、暇な時があったらまた高校の時みたいに遊びに誘ってね」


「うん。三七子ちゃん、本当にありがとう」


私がそう言うと彼女は微笑んでみせてから駆け足で、風に舞った砂のように闇の中へ消えていった。


「…先生。三七子ちゃんからだいたいのことは聞いたよ」


彼女がいないのを確認して私は言う。


「そうか」


先生は淡々と言った。


「1つ疑問があるんだけど」


「ん?」


「魔王と嘘をついた理由、聞いたんだけどあれって考えてみれば嘘なんかつく必要ないんじゃない?」


だって美綺さんが先生に復讐心を抱いていたにしても、三七子ちゃんが言ったストーリーは先生が魔王と嘘をつかなくても成立すると思う。


「どうして嘘なんか?」


「…」


「ねぇ、先生!」


悲しいよ。


私には本当のこと、話してくれればいいのに。


「仕方ないだろ」


「何が」


「好きだからつくんだよ」


「え?」


「好きだから、悲しませたくないからつく必要のない嘘なんかつくんだよ…」


そう言う先生の顔には悲しみ、もどかしさ、やるせなさ、そういった感情が交錯している。


「傷つかないでほしかったから。他の方法を考えようにも全然思いつかなかったから。だからつかなくてもいい嘘なんか」


「先生…」


私が遮らないと先生が壊れ、泣いてしまうような気がした。


しかしうまい言葉も見当たらず、「先生…」の一言が精一杯だった。


「安井に言ったことは嘘じゃない。しかし、あれが本当の理由ってわけじゃないんだ」


言葉をしぼり出している先生の悲しげな表情が、胸にぐさりと突き刺さるようだった。