「先生」


「なんだ?」


「理科、教えて下さい」


「いいよ。どこだ?」


彼女は黙ってテキストを開き、わからない問題を指さす。


あれ?


この分野、彼女が1番得意な分野じゃなかったか?


「あれ?お前、この分野って小テストした時、100点だったじゃないか」


そう言うと、彼女は端正な顔に狼狽の色を浮かべた。


「どうした?」


「…っ」


「なぜそんな顔をするんだ?矢野」


そう、目の前にいるのはあの矢野沙織だ。


「だって…」


「正直に言ってごらん。何か理由があるんだろう?」


「あたし…」


「うん?」


「あたしは…先生が」


「先生が?」


まさかここで告白するんじゃないだろうな。


いや、そんな迷惑なことはされたくない。


「先生が、嫌いです」


「え?」


「嫌いだから困らせてるんです」


「矢野…」


だったらどうしてそんな泣きそうな顔をしているんだよ。


「みんな、青山先生が好きなんでしょ?って聞いてくるけど嫌いです、先生なんか」


それから後の俺はどうしたか覚えていない。


ただ自分の中の何かが壊れてしまったかのように、笑っていても心の中には空いた穴から風が吹いているような感じだった。


期待なんてしていなかったくせに。


いったい俺はどうしてしまったのだろう。