それから2週間ほど経ったある蒸し暑い日だった。


「なぁ、お前のこと、好きな奴がいるって知っていたか?」


バイトにもだいぶ慣れたある時、塾で森山がなぜか自慢気に話しかけてきた。


「はぁ?知らねぇよ」


俺は冷静に手元のプリント達を整理する。


そんな話、聞いたこともない。


「誰だか教えてやろうか?」


「別にいいよ」


「まぁ、言わせろよ。それはな、サオリちゃんだ」


「えぇ!?いいなぁ、青山先生」


近くにいた1つ上の先輩、中川先生が言った。


サオリ…っていうと、あの矢野沙織か?


俺は漆黒の長い髪を揺らし、上品な微笑みを浮かべた顔を思い出す。


矢野沙織は小学6年生。


真面目で成績も悪くない。


どちらかといえばおとなしい方だが、小学生とは思えない隠しきれぬ美しさに生徒はおろか、教師達までもが惹かれているんだそうだ。


「わぁ、いいな、青山先生」


たまたまやって来た、矢野と同い年の須田洋介が俺に羨望のまなざしを向けてくる。


あのな、みんなして「いいな」って言うが、俺は興味ない奴に好かれても困るんだが。


俺はまわりの盛り上がりを無視してそんなことを考えていた。


しかし、彼女との出会いが俺を教師への道に走らせることになろうとは。


この時の俺は知るはずもなかった。