俺がまだ10歳でランドセルを背負っていた頃、兄貴-謙逸(けんいち)は20歳でフリーターだった。


兄貴は昔から荒くれ者で、未成年だというのに酒を飲んだり、そこらへんの若造にケンカをふっかけて暴れたり、事件を起こしたりして少年院へ送られたこともあった。


そのせいか、高校に入ってもわずか1年足らずで退学になった。


しかし、それからは軽い乱闘騒ぎくらいで、大きな事件はなく、マスメディアに大々的に騒がれることもなかった。


そんな時だ。


「ただいま」


ある日、俺は普通に学校から帰ってきた。


しかし、家にいたのは包丁を持った兄貴と血だらけで倒れている知らない男。


「うっ」


あまりに凄惨な光景に、俺は気を失ってしまった。


後で夢うつつな中聞いた話だと、男はセールスマンらしく、あまりにもしつこいのでカッとなった兄貴が刺し殺してしまったらしい。


その後、兄貴は逮捕された。


このニュースはあちこちでハエのように飛び交った。


テレビをつければこのニュースがやっていて、兄貴が成人していたために名前や顔が露呈され、記者が家に押し掛けてきたこともある。


当然、近隣住民の注目の的になり、噂は瞬く間に広がっていった。


それから俺の人生は180度変わってしまった。


井戸端会議中の主婦の輪を横切れば哀れな犯罪者の弟だとひそひそ話をされ、学校に行けば悪魔だとされてひどい仕打ちを受けた。


警察は警察で事件のきっかけなど何も知るはずのない俺に、毎日のように好き勝手に聞きまくって人の家を荒らして帰っていく。


誰1人同情の目を向けてくれる者はいなく、みんなけだるそうだった。


警察が全員そんな人間ではないことはわかっている。


心から同情してくれる人間だっているはずだ。


しかし、幼い俺にとってはそれは考えることは出来なかった。


明日なんて見えず、ひたすら薄暗い部屋の隅で怯えるだけだった。