俺はずっと孤独だった。


兄貴のせいだった。


兄貴があんなことをするまでは平和に過ごしていたというのに。


あの忌まわしい出来事の後、一夜にして俺の人生は天国から地獄に変わった。


人間なんてそんなものだ、きっと。


残酷な生き物なのだ。


他の生き物を喰い殺す肉食獣と何ら変わりない。


回りに仲間がいるとまるで大船に乗ったような、でかい気持ちになって平気で他人が苦しむのを見て笑う。


高校生になっても心の傷は癒えなかったし、大学生、そして社会人になっても兄貴が暗い影を落としてきたことがあった。


今まで何人かの女がそんな俺と付き合ってくれたりもしたが、長続きしなかった。


そんな時に現れたのが睡蓮さん、そして流星だ。


睡蓮さんは俺の過去の話を聞いても受け入れてくれたし、流星は睡蓮さんと別れ、過去を言いたくなくて冷たく振る舞う俺を愛し、心配してくれた。


いつも日だまりのような笑顔をくれた。


…いけない。


何、泣いてんだ。


魔王になりきらなくてはならないこんな時に、情に流されるなんて。


しょせん、俺は報われないんだ。


悲運の魔王という称号を抱えて、空中に舞う砂のごとく消えゆく運命(さだめ)なんだ。


泣くことなんて何もないじゃないか。


急に長瀬歯科医の少し古びたライトが目に映る。


「長瀬…ながせ…流星…」


会いたい。


あの笑顔がほしい。


闇に包まれていた俺の心に朝を与えてくれたのは、まぎれもなく水橋家の親子だった。


魔王に関するすべてを捨て、もう1度新たに彼女と歩いていけたらどんなに幸せだろう。


なんて考えてももう遅い。


ここまで来てしまった以上、もう引き返す道なんてないんだ。


そう考えた時には階段を駆け上がってとある建物の屋上、つまり約束の場所に来ていた。


「来てくれたのですか。結末にふさわしい場所ですね」


いきなり背後から声がした。