「だからといって、優しくない人間は生まれてきてはいけなかったわけではありません。なぜなら、彼らは生まれつき悪心を持って生まれてきたわけではないからです」


「…」


「ただ、どこかで道を間違えてしまった…それだけです。だから正しい道に戻すために誰かの助けが必要なんです」


「…」


「みんな生きてます。不条理で世知辛いこの世の中を。みんな苦しんでいるんです。だから苦しいのは青山さん、あなただけではありません。私も、奥様も、ただ弱さを見せないだけで…」


「医師、あなたはどうしてそんなに強いんですか?」


先生が聞く。


「弱い部分を見せないのは強さではありません。私なんかは、ただのつまらないプライドみたいなものですから。ただ、思うんです。強さっていうのは優しさと紙一重だと」


「紙一重ですか」


「はい。強さは「誰かを守りたい」と思う優しさから始まると思います。まぁ、根拠はないですがね」


照れたような笑みを浮かべる医師。


「すいません、なんだか話が途中から逸(そ)れてしまいました」


「いえ」


そう言って首を振る先生の顔に、先ほどまでの暗い影はない。


むしろ輝いてすらいるように見える。


「おっと、私は診察があるので失礼します。青山さん、とりあえず安静にしていて下さいね」


「わかりました」


先生の言葉を聞くと、医師は微笑して慌ただしく白衣を翻(ひるがえ)しながら病室を出ていった。