「すみません、少し感情的になりすぎました」


そう言う先生の顔はほんのりと桜色に火照っていた。


よほど興奮していたのだろう。


「もう俺は殺されるのかもしれません」


「でもこれってまるで殺人予告じゃないですか。警察に話しましょう」


医師がそう言って立ち上がるが、先生は虚ろな微笑みを浮かべながら彼を制した。


「いいです。いいんです、警察なんか」


「青山さん!」


「これが運命(さだめ)だとしたら俺は犯人と戦って死にます」


「そんな」


「やめて下さい。生まれてくるべきでなかった奴の心配なんか」


「…」


医師も私も、言葉が出ない。


そんな暗い沈黙を破ったのは医師だった。


「この世に生まれてきてはならない人間なんていません。どんな人も、生まれてくるべくして生まれてきたんです」


「…」


先生は何も言わない。


ただ医師の方を見ただけだ。


その瞳はまるで神秘的な森の奥のそのまた奥にある秘密の泉のように澄んでいて、静けさをたたえていた。


医師はなおも続ける。


「ですから、そんなに自分を責めてはいけません。あなたは優しい人です。優しくなければ自分のせいにせず、他人に責任を押し付けようとしますから」


「…」


「そう考えると、優しいのは苦しいことと思うかもしれません。しかし、優しさは人を幸せな気持ちにします。あなたを、あなたのまわりの人を、あなたの大切な人を」


「医師…」


私は思わず医師を見る。


そんな彼は少しだけ笑みを浮かべてから言った。