「…」


「…」


気まずい沈黙が部屋を支配する。


そのためだろう、時計の針の音がやけに耳に響く。


そんな静寂の空間の中、先に口を開いたのは先生だった。


「水橋、からかわないでくれ」


「そんな…私、本気です」


「だって俺は42歳だぞ。それに」


「年齢差なんて関係ないですよ」


私は先生の言葉を遮る。


しかし、先生はなおも言う。


「それに俺にはフィアンセがいる」


「え…」


フィアンセ?


つまりは婚約者?


ズキッと心臓の辺りに何かが響く。


「ごめん」


「いいえ…」


先生が謝っても私はその3文字しか言葉が出なかった。


なぜなら、次の瞬間にはカバンを掴んで「さよなら」も言わずに走り出していたから。


ダメだってわかっていた。


最初から。


でも告白せずにはいられなかった。


愛しくて、愛しくて、悲しい。


ふと何かを失ったような虚無感に襲われる。


失ったもの、それはきっと…自分。


失恋すると自分までも失ってしまうような気分になるなんて、初めて知った。


自分を失ったからか、もう何もかもわからなくなっている。


頭の中は新品の自由帳のように真っ白になっていた。


今までこの恋のことだけを考えて生きてきた。


だけどそれももうない。


先生の元に私の気持ちはないってわかってしまったから。