「情けないですね、俺は」


先生の口元は笑っていたが、目はまったく笑っていなかった。


むしろ空虚な雰囲気すら漂わせている。


「弱音なんかはいて。以前はこんなんじゃなかったのに、記憶を失っただけでこんなにネガティブになってしまうなんて」


自嘲する先生がなんだか悲しかった。


私はなんて言ってあげればいいのだろうか。


何も言葉が出ない。


「こんなことを言っている暇があったらさっさと思い出せって話です。それはもちろんわかっています。でも…」


「でも?」


「妻1人幸せにしてやれない自分が、嫌なんです」


真剣でまっすぐな視線。


「…」


また言葉を失う。


その視線が痛くて、痛すぎて。


先生がそんなことを考えていたなんて思いもしなかったから。


「ちょっと病院の敷地内を散策してきます。散歩くらいならいいと医師もおっしゃってましたし」


悲しみと憂いの漂う背中を向けて先生はいなくなってしまった。


私は先生の温もりの残るベッドに伏せた。


ふわり、と先生の香りが鼻腔をくすぐる。


それが私の体の奥をかき乱し、胸を優しく締め付ける。


「私もそろそろバイトに行かなきゃ」


もう少しこうしていたい気持ちを無理に抑えて私は病室を後にした。