304号室は廊下の突き当たりの角部屋であった。四つ並んだ名札には二つの空きがあり、杉山千夏は他の患者と二人でこの病室を使っていることが見て取れた。 
 他の二人はどうしたのだろうか。めでたく退院したのか、それとも亡くなられたのか。それを知るよしは無かったが、何故か気になった。
 ドアは開放されていた。そこから顔だけを覗かせ、室内の雰囲気を感じ取る。大丈夫。暗い感じは微塵もない。これなら明るく入っても問題は無いだろう。左側の二人のベッドが空きであることはドアから確認済み。足音に気を付けながら手前のベッドを覗き込むが、人の姿は無く掛け布団が半分に折られているだけである。もしかしたら、ここが千夏なのか。だとしたら、ロビーにでも行って寛いでいるのかも知れない。それとなくベッド頭上のネームプレートを読んだ。見知らぬ名前だった。なんだ、と思いながらも奥のベッドに歩を進めると、上半身を起こした千夏と目が合った。 
「あらっ」
 千夏が先に作った笑顔のせいで、私は真顔の対応を迫られたような気がした。「起きてて大丈夫なの?」「大丈夫、大丈夫。ただの胃潰瘍だもん。どうも無いって」
「入院なんだから、どうも無いって事は無いでしょう。それに、大丈夫な人がお見舞いに来てってメールするかね?」
 千夏は、尚も笑いながら「大丈夫だから話し相手が欲しかったのよ。それより知ってた?病院って人は多いけどね、入院となると意外と淋しいもんなんだよ」「知らないよ、そんなもん」
 私は少しムキになって答えた。 
「知らないか。じゃあ、しょうがないな。取り敢えずここに座って」
 千夏は、ベッドから起き上がると、「よいしょ」という掛け声とともにベッド下から備え付けの椅子を引き出した。