愛、桜

とは言ったものの不安しかない。この異常な美しさの中で、何を冷静にいられようか。高鳴る鼓動。滲む汗。優は唾を飲み込んだ。
それでも五分ほどしか経っていない。気の遠くなるような時間を過ごしたように思えても、わずかそれだけ。優はうろたえた。
「麻友、麻友、麻友・・・」
何度も名を呼んだ。自分の事なんてどうでも良かった。想うのは麻友の事だけ。
「ありがとう」
その瞬間、世界がはじけた。桜色の柱は音もなく崩れ、永久とも思える桜吹雪に変わった。いや、ただ変わるだけでなかった。一部の花びらはそのまま桜の木へと戻り、再び満開の花を咲かせたのだ。
「えっ、どうして?」
自分は現実の中にいるのだろうか。優は辺りを見回した。確かに後ろに麻友の母親がいる。いつも会っている顔だ。でも、夢にもよく出てくる。だから、麻友の母親がいるからと言って、これが夢じゃないとは言い切れない。では他にこれが現実だと指し示してくれるものは何があるだろう。桜はダメだ。散っていた花びらが再び花にもどるなんて、今まで聞いた事もないし、これからも聞く事なんてないはずだ。それに夢だと思った最大の要因が、この桜なのだ。ここに糸口は見いだせない。
なら、他には?
「優・・・」
桜の中から手が伸びてきた。肘まである手袋をつけている。いったい誰なのか、優はやや怯えた。
「?!」