愛、桜

「わからないなりよ・・・。それより彼女・・・できて良かったなりね」
しわだらけの顔であっても悲しんでいるのが、手を取るようにわかった。しかし何のことか優には理解出来ない。出来ないからこそ、麻友の発言を認める訳にはいかなかった。
「彼女?何言ってるんだよ。俺に彼女なんていないよ」
「嘘つかなくてもいいなりよ。見たなり・・・」
「見た?何を?」
「優がキスしているところなり。さっきしてたなり・・・」
元気であれば躊躇いながら、間をおいてゆっくりと話したかも知れない。けれども、今のこの状態にあってはそれは困難だった。タンが詰まってしまうから、一気に吐き出すしかなかったのだ。
「キス?俺が?」
記憶を巡らす。が、生まれてからこれまで、一度もキスなどしていない。何を言っているのだと麻友を見るが、そのように思っているのは嘘だとかではない。つまり、そう思わせる何かがあったと言う事になる。
「あっ・・・。さっきの事を言ってるのか?」
優の声のトーンが変わった。それは呆れている時に出すトーンだ。麻友もそれを聞き逃さなかった。わずかに期待に満ちた唇に変わっていた。
「あれは違う。振り向いたら、顔があって、近くにあって、だから麻友から見たらキスしているように見えただけだよ」
「それなら良かったなり・・・」
“良かったなり”とはどういう事なんだろう。麻友は自分の事をなんとも思っていないと、ずっと思っていた。そして自分も麻友の事をなんとも思ってないと、ずっと思い続いていた。心が騒ぐ。