亜紀の質問に店員は困り、おでこにシワを寄せた。
「どうしてと言われると、答えに困るんです。何せ、私にもさっぱりなので」
それを聞き、疑問は深まるばかりだ。哲と亜紀は互いを見合わせた。
そんな二人の様子を見て、店員は言葉が足らないと思ったのか、ゆっくりとした口調で言葉を付け足した。
「この場所に蕾の桜を置いておくと、翌日には満開になるんです。そして、他の花々よりも遥かに長い時間咲き続けている。他の花々はわりとすぐに枯れてしまうから、よく入れ替えるんですけどね。そんな感じで、ここに置けば桜は満開になるのはわかっているけれども、咲く理由はわからない、そんな感じなんですよ」
「そんな不思議な事もあるんですね」
「えぇ、そのせいとこの建物の外観も相まって、桜の館のレストランなんて言えば、タクシーがここに連れてきたりしますからね」
店員は笑った。
「桜の館か、なんかいい響きですね」
「ありがとうございます。いつまでもこんな所に立たせたままで申し訳ごさいませんでした。席はこちらです。どうぞ」
店員に案内された席に着くと、また亜紀は声をあげずにはいられなかった。なぜなら、入ってきた時には気づかなかったが、桜の館の裏は崖のようになっているようであり、そのおかげで景色が抜けている。街には灯りが一つ、また一つと点きはじめ、ほのかな夜景を二人に見せてくれた。