桜の蕾はまだ固く、春を感じるまでには一月ほどかかると思える夜の街を、男と女が寄り添い歩いていた。
風はまだ冷たい。だからこそ、お互いの温もりが心地よくあった。
「ここだ。ここ」
スマートフォンを手に、男が言った。
「こんなところに、こんなお店あったんだね」
女の勤務地はこの店の近くだった。しかし、この場所にこのような彼女好みの、少しレトロな店があるとは、まるで知らなかったようで、宝物を見つけた子供のような瞳に変わっていた。
「やっぱり気に入ってくれたね。亜紀なら、気に入るって思って予約してみたんだけど、正解だったね」
「付き合って三年もすると、なんでもお見通しになっちゃうんだね。哲が彼氏で良かったな」
「な、なんだよ、急に」
亜紀の突然の褒め言葉に、哲は相当に照れたようで、耳を真っ赤にし、鼻先が痒くなったのか、やはり赤くなるまで掻いていた。
「ふふふ・・・。そう言う所もかわいいんだよな」
「恥ずかしいからさ、もう勘弁してよ」
「ダメぇ。照れてるところ、もっと見たいもん」
急に哲は亜紀の手を引いた。