そんな中、エルシルド様の春が来たと聞いた。
 エルシルド様ほどの血統なら王族の者ですら求めることが可能だ。
 王族には19歳を迎えた、フィオナ様がいる。
 噂ではエルシルド様はフィオナ様に求愛するだろうと言われていた。

 完璧なまでに釣り合った血統。
 私のような下級の血統ではどうにもならない恋だった・・・。

「エレーナ!」

 寮に戻ってもうすぐ就寝時間だというのに、何故か寮が騒がしい。
 同期の中でも仲のいいオパルが私に手を振っている。
   
「どうしたの?オパル」
「今日は蒼と緋の騎士団の合同演習の日でしょ? 今、前の道を騎士達様が通るとこなの! エレーナも一緒に行こう?」
「私、これからお風呂だから、オパルは行ってきて」
「・・・そう? じゃあ、行ってくるね?」
「うん、いってらっしゃい」

 少し申し訳なさそうな、それでも嬉しそうな顔でオパルが私に手をふった。
 オパルが浮かれているのは、きっとこの寮の雰囲気と同じ理由だろう。
 春が来ているメスにとって、オスとの接触は重要になる。

 寮は男子立ち入り禁止。
 事情によって罪は変わるが、どんなに軽くても王宮追放。
 重ければ、死罪だ。

 だからメス達は道側の廊下に集まって窓から騎士達に手を振る。
 そうしてオスに気に入られるきっかけにするのだ。

 この時期、発情したオスが興奮するあまり、つがいの相手以外と情を交わすことがある。
 メスが同意していなくても、興奮したオスには力では勝てない。
 つがいの相手ではないので子を授かっても、オスはメスを妻には迎えない。
 当然子供も認知されないのだ。

 だからこの時期はメスも自衛しなければいけなくなる。 
 うっかり誰もいないような場所で発情したオスに出会って情を交わすことになっても、それは自業自得になってしまう。
 そういうことがないようにメスはオスからの求愛を待つか、私のように寮に篭ってオスの目から離れるしかない。

 エルシルド様を想い春の来ない私には、まだ他のオスとつがいになるという決心はつけられなかった。
 いずれ決めなければならない。
 想い人のエルシルド様はもう春がきているのだ。
 今回の春でつがいの相手を見つけるだろう。

 私は痛む胸を押さえ、浴場へと向かった。