「どこ行くんですか?」

思わず、何の考えもなしにその背中に問えば、

「『どこ』って、家だけど」

と、顔だけこちらを振り返った岩本さんから、素っ気ない答えが返って来た。



「家?」

無意識的に聞き返していた。


そういえば岩本さん、手ぶらだ。全然違和感なくて気づかなかったけど。



「ん。すぐそこの社宅」


「社宅……そうですか……」


岩本さんも電車通勤なんだと勝手に思い込んでいた。駅までずっと一緒なんだって。


突然に訪れた別れが余りにも残念過ぎて……。

無理矢理に口から押し出す声は、消えそうなぐらいに弱々しい。



「来る?」

不意に岩本さんが、そんなとんでもないことを口にするもんだから、「え?」と間抜けな声が自然に漏れ出た。



焦燥しきってそれ以上言葉が続かない。顔も熱い。鼓動も痛いぐらいにうるさい。