「主役がこんな所にいたら駄目です。早く戻って?」

小柄な彼女の顔を覗き込んで、冗談っぽく伝えた。



「うん。そうする」

言って、陽奈乃さんは濡れた頬を、両手で慌ただしく拭った。


陽奈乃さんは深く深く息を吸って、詰め込んだそれを思う存分吐き出す。

そうしてから再び私に視線を戻すと、まるで少女のように屈託なく笑って見せた。



「じゃあ……行くね?」

そう言って、彼女は一歩一歩、ゆっくりと後ずさる。


「お幸せに」


「うん、あなたも」


それは嫌味なんかじゃなく、彼女の本心からの言葉に聞こえた。



「達志に電話してあげて。きっと待ってるから」

当たり前のようにとんでもないことを口にして、私に言葉を返す隙も与えず、陽奈乃さんはくるりと身を翻した。



軽やかに駆けて行く後姿を、見えなくなるまで眺めていた。


あなたがそれを言うか、と。どういう神経しているんだ、と。

刺々しい本音は、胸の内に秘めておくことに。



陽奈乃さんも旦那さんも、池田さんも。

岩本さんも、そして私も。


どうかみんな、幸せになれますように……。