彼女をその両腕でふわりと包み込んで、

「陽奈乃、どうした?」

岩本さんは、優しく囁くように問う。



チクリ、胸に針が刺さったような痛み。



私の心を幸せで満たしてくれた、意外に厚みのある彼の胸の中。その時の心地良いふわふわした感覚が鮮明に蘇った。


そして、

もう二度と、彼の両腕が私を抱き締めてくれることはないんだと思い知る。



「達志、彼女酷いの。お腹の子、堕ろせって言うんだよ?」


岩本さんの胸にしがみ付いて、ポロポロと綺麗に涙を流す彼女は、どこか甘えるような声で訴えた。



そんなの嘘! って、大声で叫んでやりたいのに。

発声の方法を忘れてしまったみたいに、言葉が出てこなくて。


胸が痛くて息まで苦しい。



「大丈夫だって、陽奈乃。堕ろさなくていいから、大丈夫」

彼女の頭の天辺に唇を寄せ、静かに宥める岩本さん。その手が彼女の背中を大切そうに撫でる。



目に映る光景は、余りに非情で余りに残酷で。


心を打ち砕かれた私は、身を翻して事務所の中へ逃げるように駆け込んだ。