吉田さんと共に事務所を出れば、出入口すぐ横に設置してある自動販売機の前に、見覚えのある女性が立っていた。


自動販売機の中に並んでいるドリンクをぼんやり眺めていた彼女は、私たちの気配に気付きこちらに視線を移す。



「陽奈乃さん……」

記憶していた名前が、自然と口から漏れ出た。



「こんにちは」

屈託なく笑って挨拶を口にする彼女。



「じゃあ私、行くね?」

どこか困ったような苦笑を浮かべて言うと、吉田さんはクルンと踵を返す。


そうして、一足先に食堂へ向かった樽井さんの後姿を追って駆け出した。



「こんにちは」

取り敢えずは挨拶を返し、

「岩本さんなら多分、しょく……」

食堂に居ると伝えようとしたけど。



「あなたに話がある」

と。それは途中で遮られた。



不思議と動揺することもなく、気持ちは至って平静で。


何があっても何を言われても、動じない自信があった。



それは多分、失うものなんかもう何もないから。