「陽奈乃やめろ」

慌てて駆け寄った岩本さんが、背後から彼女の両脇を抱え、私から引き離した。



「いたっ」

引き千切られたような痛みに、思わず声を漏らし、頭を抱えて蹲った。



「返して、どろぼう! 達志を返してよ!」

尚も浴びせられる罵倒を、為すすべなくじっとしたまま受け止めた。



「やめろ、彼女のせいじゃない。悪いのは俺だ。全部、俺のせいだから」

彼女を宥めようとする岩本さんの言葉が切なくて、胸が張り裂けそうになった。



おずおずと視線をそちらにやれば、彼女の手には私の黒髪の束が握られていて。


それを見たらまた恐ろしくなって、身体がガクガク震え出した。



「返してよ! お願い返して……」

不意に彼女の声が弱まる。


はらはらと、無数の黒髪が舞い、それは床の上に散らばった。



彼女は岩本さんに脇を支えられたままで、その両手で大切そうに自分のお腹に触れた。



「この子の……この子の父親を奪わないで、お願い……」