そう言う桂木さんは知り合いが言ってましたと最後に付け加えたが私はそれが彼自身の話なのだろうと思った。
「ハルくんにこの話をしたとき、最初は断られたんです。」
「え?」
「離れたくない人がいるからそれは無理だってね。」
それあなたのことですよねと少し笑いながらコーヒーをまた一口すすった。
「アユさん、考えてみてはもらえませんか。あなたにはあなたの人生があります。
でもハルくんの人生もあなたにかかってるんです。」
「――‥いまはまだ何とも言えません。」
桂木さんは少し落胆の表情を浮かべたがすぐに元に戻りゆっくり考えてくださいと少し笑った。
「長く足止めしてしまってすいませんでした。ありがとうございました。」
そう言うと伝票を持って帰って行った。
――――――――‥
家に帰ってから桂木さんの話を思い出していた。
私はもちろんハルに幸せな人生を送ってほしい。
そうなるためには私が必要らしい。
「ねえお母さん、私がもし内定蹴ったらどうする?」
「――なに、なんかやりたいことでもあるの?」
「いや別にそういうわけじゃなくて。
なんとなく聞いてみただけ。」
変な空気になったから部屋に戻ろうと立ち上がるとお母さんの声が後ろから聞こえた。
「そんなことしちゃダメよ。
絶対に後悔するから。」
私は何も答えずにドアをゆっくりと閉めた。


