みんなの指紋が採取された。
亜紀はおもしろがっている。

捜査が進むにつれて、この家の人は犯人で
はないなと山本は確信した。

清二の告別式も済み数日後、田中刑事は報告書
をまとめ上げて県警本部へ届けるところであった。

白馬から鬼無里を通って長野へ抜ける県道である。
険しい山道をパトカーがゆっくりと走っている。

鑑識の山本がハンドルを握り、助手席で
田中刑事がタバコに火をつけた。山本が、

「コップから青酸反応が出ました」
田中刑事、大きく煙を吐き出して、
「誤飲にしろ自殺にしろ自分で毒を飲んだのには変わりはない」

「誤飲?・・・どうしてそうなってしまったんでしょうかね?」
「わからん」
「あのチュウハイ、一気飲みだったそうです
コップの指紋は清二。盆には清二と亜紀ちゃんの
人差し指の指紋がついていました」

「ふーん」
「別に問題は?」
「別に問題はないだろう。それより、よく運転できたなあ」

「そうですよね。たまにあるらしいです、強靭な胃の持ち主で
毒の回りが遅れることが」
「すごい顔して死んでたもんな」

「相当苦しかったと思いますよ。それで湖めがけてまっしぐら」
「嫉妬と挫折と自暴自棄」
「清二の場合、ひねくれ方が異常でした」

田中刑事、しばらく間をおいて、
「・・・・・自殺だな」

「でも覚悟の自殺だとしたら何故その場から駆け出したんで
しょうか?何かのドラマのように兄の腕に抱かれて、最後に
何かしゃべって、その場で死ぬというのが自然だと思いますが」

田中刑事、タバコの火を消して、
「それはな・・・しまったと思ったんだよ」
「しまった・・・・と?」

「ああ、たとえば飛び降り自殺した奴も、とんだ瞬間
しまったと思ったのがかなりいやほぼ全員そう思うん
じゃないのかな?頭で思うんじゃなくて命がそう思うんだ」

「命が・・しまったと思うんですか?」
「たぶんな。ためらい傷と同じだ」
田中刑事、次のタバコに火をつける。

山本が叫ぶ。
「ためらい傷?一気飲みした瞬間、命がしまったと思った。
その場で吐きだしゃいいじゃないですか!」