待ち合わせた駅に着くまで落ち着かなかった。
服装も清楚なものに気を配りなぜかシャワーまでしてきたのだ。

何か期待してる?

ばかな。そんな期待をしたところで私はこれまで嫌というほど屈辱を味わってきたのだ。始めは盛り上がる恋愛も半ばくらいになるともっと親しく話したいと言い始め、ついには家族の話になるのだ。

そうなったら終わりだ。


優しいくせに家族の話になると口どもってしまう。そんな私を大丈夫って言ったくせに。

「父親が殺人者?無理。それは重すぎる。事故だって言ってもあれだろう?酔ったうえで運転してそれでひき殺したって。実刑って。それやっぱ殺人だわ」

もう2年もなる。

それが私の最終恋愛歴。

26歳の私はもう恋愛なんて縁がないのかもしれない。


「待たせちゃった?ごめんね。高橋さんってやっぱり女の子だね。そのワンピースすごく似合う。もっとおしゃれしたらいいのに」

もったいないよなんて言いながら少し歩いて角を何度も曲がって古びたビルの中に入った。そこは言われなければ解らないようなバーだった。

室内はおしゃれだと思った。正直こういう店には初めて入ったのだが映画に出てくるような趣のある古さが似合う。
グラスを布でキュッキュッと音のするまで吹き上げるマスターもまた俳優のように渋い。

「田中さん、いらっしゃい。そちらがお客様ですね。まあ、緊張をほぐすために一杯いかがですか」


ただ、和やかな時を過ごすそれだけなのだろうか。

「大丈夫。これから記憶を上書きする部屋に連れて行くから。今夜は説明だけになると思う。決めるのは君だよ」

心配そうな私の顔をみて田中さんはほほ笑む。でも目は真剣だ。これは何か場違いなところに来てしまったのかも知れない。

「お嬢さんにはこのカクテルはいかがかな」

足の長いグラスに入ったピンクのカクテル。飲み始めは甘いが後口はきりりと柑橘系の香りがする。

「これ、オリジナル。お嬢さんのイメージで作ってみました。桃と柚子のリキュールとジン、それからホワイトラムを少し」

田中さんはロックでウイスキーを飲んでいる。

「こちらへどうぞ」

うす暗い部屋の中の奥のほうからカーテンが開く。
美しい女性が現れた。年齢は少し上だろうか。落ち着いた雰囲気で紺色のワンピースを着ている。髪は一つに束ねられ清潔な印象が保たれている。色白でどこか看護師さんを連想させた。

白衣が似合いそう。