「でもな、タダってわけにはいかない。そうだな~」
田中圭介は私の体を上から下までじろりと撫でまわしながら言う。

「ま、お互い同じような境遇なんだし。特別におしえてあげるよ。今夜、夕暮れ西駅に……うん8時に待ってて」

田中さんは特別な要求はしなかった。そのことがかえって私を気持ち悪くさせた。
その日はまったく仕事にならなかった。
「高橋さん、聞いてるの!」
40歳独身の吉村さんが伝票をひらひらさせて怒鳴っている。

「これ、入力ミス。もう、あなたって人は。桁違いじゃないの」

「すいません、すぐにやり直します」

こんなミスくらいどうってことない。命が短くなるわけでもないし、謝りさえすればすむことだ。
問題は今夜8時の待ち合わせだ。

私の過去を知っていて話しているんだ。

心の中でざわざわと落ち着かない。

また吉村さんが睨みつけてきた。あの人は誰か男の人がこれ、頼みますなどと声をかけられることを耳を澄ませている。
特に狙いは田中さんだ。 
 けっこうイケメンだし女性には優しい。
そう女性には優しいのだけれど何かミステリアスな印象を併せ持つ。

全くプライベートを語らない。

総務にいると独身であること、特別大きな病気はないことなどささやかな情報はあった。


飲み会は参加しない。


「誰かつきあっているのよ。きっと」

誘いを断られた女の子が腹立ちまぎれにゲイじゃないかとか言っていた。

今夜。