タクシーで『スミダハイツ』に戻り、榊は慌てて階段を駆け上がった。
そしてそのまま、脇目も降らずに202号室のチャイムを押す。
「麻子!」
呼び掛けると、少しして、ドアが開いた。
麻子は憔悴しきっていた。
右の足首には痛々しい包帯が。
榊は麻子を抱き締めた。
「よかった。すげぇ心配してたんだ」
「榊くん……」
麻子は榊の胸の中で、かすれた声を漏らす。
「……どうして?」
「うん」
「どうして……」
互いにそれ以上は言葉にならなかった。
麻子は肩を震わせて泣いていた。
「もう戻ってきてくれないのかと思ってた」
榊は胸の中のぬくもりを強く抱き締める。
「本当はずっと、自信がなかった。でも、麻子が階段から落ちて死んでたら、って思ったら、居ても立ってもいられなかった。俺のちっぽけな迷いの所為で、麻子と二度と会えなくなるなんて嫌だから」
「大袈裟だよ」
「大袈裟じゃないよ。仕事なんてどこででもできる。でも、麻子はこの世にたったひとりしかいないから。だから麻子だけは死んでも失いたくはないんだ」
麻子は顔を上げた。
キスをする。
涙の味がした。


