スミダハイツ~隣人恋愛録~

なぜか社長は胸を張る。

榊はまた苦笑いした。



「人生の先輩の言葉は重いですね」

「そりゃあ、そうさ。お前なんてまだ30にもなってないひよっこだろ? 50を過ぎたオヤジのありがたい講釈は、しっかりと胸に留めておけよ」


社長が煙草を咥えたので、榊は反射的にライターの火をかざした。

榊も煙草に火をつける。



「デザイナーなんて、嫌な商売ですよね、ほんと。他人の幸せばかりを考えてるうちに、自分のことがおざなりになって」

「それはお前、言い訳だよ。本当に自分が幸せになりたいと思ってるやつは、何もかもに対してがむしゃらだ」


『がむしゃら』か。

耳が痛いなと榊は思った。



「昔、俺ががむしゃらになってた所為で失った女がいて」

「気にすることじゃない。そういう女とは、遅かれ早かれ別れるもんだ」

「それはそうなんでしょうけど」

「一番悪いのは、中途半端なやつだ。今のお前みたいな、な」


さすがに突き刺さった。

榊は途方に暮れて、顔を覆う。



「今の俺は、そんなに中途半端ですか?」

「あぁ。パターン画のラインひとつで手に取るようにわかるさ。迷ってるやつが描いたもんなんて、クソでしかない。子供のラクガキの方がまだマシだ」


デザインに対して一切の妥協を許さない社長の言葉は、だから今の榊には辛辣すぎた。

社長は肩をすくめ、



「このままのデザインを描き続けてクビにされたくなきゃ、さっさと女とケリをつけてこい」


それが社長なりの気遣いなのか、それとも本当にクビにされるのかはわからない。

だけど榊は、「はい」と言うしかなかった。


過去に囚われすぎるあまり、夢と大切な女を、同時に失うようなことにだけはなりたくなかったから。