スミダハイツ~隣人恋愛録~

「私だって結婚したい」

「わけわかんねぇ。結婚してくれるなら誰でもいいのかよ」

「……そうじゃない、けど……」

「じゃあ、何だよ?!」


榊は麻子を激しく揺さぶった。


麻子は大粒の涙をこぼす。

しかし榊には、その涙の意味がわからなかった。



「お前、いっつもそうだよな。結局は、優しくしてくれる男にすぐ転ぶしな。しかも、店のオーナー? 俺より、金も、地位も名誉もあって、しかも結婚してくれる男だからそっちがいいです、ってか? じゃあもう、勝手にしろっつーんだよ!」


吐き捨てる榊。

麻子は肩で息をしながら、



「私は榊くんが好き。榊くんだって私のことを好きだと思う。けど、わからない。不安なの」

「何が」

「榊くんはいつも私から距離を取りたがる。すごく近付いたところで急に壁を作る」

「………」

「榊くんが何を考えているのかわからない。榊くんはいつも私に本心を見せないようにしたがるじゃない」


突き刺さる。

榊は思わず麻子から目を逸らした。



「だからって、それとこれは別だろ。不安だと思ったら何してもいいのかよ」

「私はやましいことなんて」

「隠してる時点で十分やましいっつーんだよ!」


ガッ、と壁を殴った。


びくりとする麻子。

榊は背を向ける。



「もういい。お前の顔見てるだけでイラつくし」

「またそうやって逃げるのね」


麻子の涙声が背中に響く。