スミダハイツ~隣人恋愛録~

麻子は一度も榊と目を合わせようとはしない。


避けているつもりなのか?

やましいことがあるからそんな態度なのか?



「飲んで来たって、さっきの男とか?」


もっと他に言い方はあったのかもしれないが、でも今の榊にそういうことを配慮するだけの余裕はなくて。

目を丸くした麻子は、



「見てたの?」

「何? 見られて困る? だったらそんな男にわざわざご丁寧にもアパートの前まで送ってもらってんじゃねぇよ!」


自分が思っている以上に大きな声が出た。


麻子はびくりとし、途端におろおろとし始めた。

だが、それが余計、榊の怒りに火をつける。



「あいつ、誰?」

「あの人はただ、よく取材させてもらってるお店のオーナーさんで。もちろん今日だって仕事の話のついでで」

「は? 夕方からずっと今まで、仕事の話? そんな見え透いた言い訳、誰が納得すんの?」

「待ってよ、榊くん」


麻子は制しようとするが、でももう榊は止まらなかった。



「お前さぁ、どうせあいつに口説かれてたんだろ?」


麻子は顔をうつむかせた。

そして肩を震わせながら、



「『結婚を前提に付き合ってください』って言われた」


苦しげな声で言った。



「ありえねぇ。どうしてすぐ断らない? まさか、迷ってるわけじゃねぇよなぁ? なぁ、何とか言えよ、麻子!」


それでも麻子は何も言わなかった。

榊は裏切られたに等しい気持ちになった。