横断歩道の信号はちょうど青なので、走れば追い付く距離にいる。

自然と足を踏み出そうとしていた榊だったが、



「……え?」


麻子の隣に男がいることに気付き、動けなくなった。


会社の人間とか、仕事の何かだろうか。

でも、それにしては、親密そうだ。



何か言葉を交わし、男に笑顔を向ける麻子。



麻子に限って、浮気だとか二股だとか、そういうことはないと思う。

っていうか、そんな女じゃないし、ありえない。


そう思っている反面で、どこか麻子を――女を信用してない自分がいる。



「勘弁してくれよ、マジで」


『あいつ』とのことが脳裏をよぎる。

あの時の二の舞になりそうで、途端に恐怖に襲われた。


今、麻子を追いかければ、すぐに答えは判明するはずなのに。



なのに、身がすくんでしまった榊はどうすることもできず、途方に暮れた。




「麻子……」


麻子と男の姿は、完全に榊の視界から消えた。




俺は、どうしたらいいんだろう。



最悪の真実を突き付けられるくらいなら、知らない風に装うべきなのだろうか。

しかし、知ってしまったのだ。


なかったことにするなど、もうできるはずもなかった。