「まぁ、頑張れよ、花屋。応援してっから」

「はい、ありがとうございます」


花屋は頭を下げた。



「私はずっと、過去に色々あった所為で、恋愛なんて、と思っていました。ですが、ここのみなさんを見ていたら、私も負けないくらいいい恋がしたいと思うようになって」

「………」

「多分、そう思えるようになったのは、榊さんのおかげです。榊さんが最初のきっかけを作ってくれたんだと思います」

「俺は何もしてない」

「はい。でもそれは、私が勝手に感謝していることなので」


榊は苦笑いしか返せない。

それが精一杯だったからだ。



「相手の方は、すごくいい方なんです。正直、また男の人を信用するのは、まだ少し怖いとも思いますが、でも、それじゃあ、いつまで経っても同じだと思ったので」


花屋は、「それじゃあ」と、きびすを返して階段を降りていく。



榊は顔を覆った。


俺はそんなにすごいやつじゃない。

みんな、知らないだけだ。




すっかり仕事をする気が失せた榊は、散歩がてら、街まで行くことにした。




市場調査は大事だ。

流行りすたりのサイクルが早いファッション業界では、特に、敏感にアンテナを張っていなければ渡っていけない。


店頭に並ぶ秋物のデザインや色みを事細かくチェックしていき、このブランドが今季押しているのはこういうものなのかと頭を働かせる。


さらに、街ゆく人々を眺めては、実際の売れ筋ラインを考えた。

業界が流行らせようとしているものが、必ずしも一般人に選ばれるとは限らないからだ。



「やっぱりトレンチコートはテッパンだなぁ」


人間観察をしながらうなっていたら、ふと、向こうの通りを麻子が歩いていることに気付いた。