スミダハイツ~隣人恋愛録~

「あたしさぁ、単純に、榊のことが羨ましいのかもしんない」

「うん?」

「好きな仕事してて、好きな人が近くにいて。何もかもを手にしてて、順風満帆って感じに見えるし」


榊はミサの言葉にまた苦笑いする。



「そう見えてるんだとしたら、隣の芝生は青いってだけだよ。花屋にしてもそうだけど、みんな俺のことを勘違いしすぎてる」

「どういう意味?」

「この世に才能のあるやつなんかいくらでもいる。俺はそいつらを前にする度、実は悔しさで歯ぎしりしてる。麻子のことにしてもそう。かなり必死だよ、俺」

「ふうん。まぁ、榊もただの人間ってことか」

「そうそう。悩みがない人間なんかいないっつー話だ」


初めて榊がまともに見えた気がした。

こうやってちゃんと話してると、榊は立派な29の大人だった。



「あーあ。あたしもたまには、榊みたく、恋愛くらい真面目にしてみようかなぁ」


ミサは伸びをする。

榊はおかしそうに笑って煙草を咥え、



「たとえばどういうやつと?」

「わかんないけど、とりあえず、榊とは真逆なのがいいね。あたしあんたみたいなのとだけは付き合いたくないし」

「じゃあ、102なんかどうだ? あいつは俺とは真逆だぞ?」


考えてもみなかった人物を推薦されてしまった。



「あたしが、良ちんと? まぁ、確かに、良ちんのことは嫌いじゃないけどさぁ」

「お前、いっつも102に飯食わしてもらってんじゃん。あれ、実際どういうつもりなんだ? 飯代を浮かせるために利用してるだけ? それとももっと別の気持ちがあるから?」

「んー。改めて考えたこともなかった。でも、好きかどうかって聞かれたらなぁ」


答えに窮した。

悩みあぐねたミサは、ここ最近のことを榊に尋ねてみようと思った。



「近頃、変なの、良ちん。前にも増して挙動不審だし、時々、なぜか息が荒い」

「ぶはっ!」


榊は噴き出して、腹を抱えた。