スミダハイツ~隣人恋愛録~

自分が嫌いだった。

愛と憎しみをひっくるめ、もはや何なのかわからない感情の果てに、それでもまだ、彼を思い出してしまう自分がいて。


だから夜ごと彼の妻は、私に警鐘を鳴らすために、夢に出てくるのかもしれない。


それでも気持ちにケリをつけたくて、心機一転、引っ越したのは、その半年後。

新しい生活に不自由はなく、つつがない毎日だった。



だが、そのアパートの近所で、「不審な女性が目撃されている」という話が出た。



まさか彼の妻が、私を監視しているんじゃあ。

引っ越し先まで調べ上げて、物陰からずっと見ているんじゃあ。


怖くなった晴香は、また引っ越し、この『スミダハイツ』に入居を決めたのだ。


だが、不思議なことに、『スミダハイツ』に入居して以来、まだ晴香はあの夢に悩まされてはいない。

あくせく働き、さらに休日は庭いじりまでしているのだから、夜は深い眠りに落ちていて、それに気付かないだけなのかもしれないが。



『スミダハイツ』で暮らす面々は、みんなひとり暮らしで、201号室の住人を筆頭に、ちょっと変わっていた。



前に晴香が、103号室のギャルに、「何かあった時のためにも携帯番号を教えてください」と言ったら、「何があるの?」と逆に聞かれた。



「たとえばあなたの部屋の窓ガラスが割れていたとして、でもあなたが不在の場合、緊急にそれを伝えることができないでしょう?」


晴香がそう言ったら、ギャルは「そんなこと思いもしなかった」と、防犯意識が皆無な発言をした。

そして、「この辺りって平和だし、ここの人たちはみんなそんなこと考えたこともないと思うよ」と、さらにありえないことを言われた。



「だってみんな、用があるならドアを叩けばいいし、そうじゃなくても、庭に出れば自然と集まってくるから」


みんなそれなりに仲がよく、だからって必要以上に距離を詰めるようなことのない関係らしい。


晴香はギャルに携帯番号を聞くことを諦めた。

もうどうでもいいという気持ちになったからなのかもしれない。